ウェブえほん
島﨑信長さんインタビュー
第127弾
2026年7月号
山わろと笛の巻
この号の
読み聞かせ役
島﨑信長さん
(しまざきのぶながさん)
『Free!』(MX)の七瀬遙役、『ブルーロック』(EX)の凪誠士郎役、『呪術廻戦』(TBS)の真人役など、数多くの人気作品に出演!
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『山わろと笛の巻』はいかがでしたか?
はじめてボノロンを読みましたが、まずストーリーの奥深さに目がいきました。お話自体はあたたかい友情ものですが、子どもたちが日常の中で自分ごととして共感できる要素が詰まっています。また、悪いことをした側にも事情があるという寄り添い方はボノロンならではだと感じました。
僕は、絵本や昔話には読み手になにかを考えさせる「引っかかり」があることがすばらしいと思っています。ボノロンはそうした材料が豊富ですね。例えば、カスケを探すのに電気ショックを使ったり、『カスケ死んじゃったの?』というセリフがあったりと、生死に関わるようなシビアな表現がさらっと入っている。ただやさしいだけでなく、こうした要素があるからこそ、子どもたちが何かを感じ、考えるきっかけになる作品になっていると思います。 -
子どもの頃に読んだ思い出の絵本はありますか?
子どもの頃は『桃太郎』や『サルカニ合戦』といった日本の昔話が好きで、よく読んでいました。また、絵本ではないのですが『まんが日本昔ばなし』で観た『キジも鳴かずば』のエピソードは衝撃を受けました。重い病気の娘が食べたがっていた小豆粥を与えようと、お父さんが米と小豆を盗んでしまう。喜んだ娘が「あずきまんま食べた」と歌ったことでお父さんの罪がばれ、処刑されてしまうという重いお話です。
『花咲かじいさん』などもそうですが、昔話には単なる因果応報やハッピーエンドだけではない、残酷さや哀愁がありますよね。子どもながらにそうした部分に惹かれるところがあり、そこから物語の好みの原点が培われた気がします。今の時代に合わせて表現をやわらかくすることもありますが、絵本や昔話には教訓的な「引っかかり」があることで考えるきっかけにもなるし、大人になっても覚えているものだと思います。ボノロンにも昔話に近いエッセンスを感じます。 -
絵本の読み聞かせは、普段の声のお仕事とどんな違いを感じましたか?
普段のアニメなどのキャラクター表現とは全く異なると感じました。
読み聞かせにおいて、正解はないと思います。ご家庭で親御さんが読むスタイルも自由で、なんでもありの世界です。僕が声優として読み聞かせるならと考えて、演じすぎないことを意識しました。演技をしてカラフルに表現する方法もあると思いますが、演じて説明しすぎてしまうと、受け手に「ここは悲しい場面」「ここは笑う場面」と、正解を押し付けることになってしまう気がします。あえて過度な感情移入をしないことで、子どもたちが自由に想像力を働かせる余白を残すことができるのではないかと考えています。今回はそのバランスを意識しながら、精一杯取り組ませていただきました。 -
もしボノロンが目の前にあらわれたら、どんなお願いをしますか?
現実的なお願いになってしまうのですが……将来、もしどこかで大きな災害が起きてしまったら、みんなを助けてくれたらうれしいです。
ボノロンにお願いするなら、小さな私欲よりも、まわりのみんなを助けてもらえるようなお願いが一番しっくりきます。ボノロンの力なら、災害そのものの原因をつきとめたり、地震を止めたり、何とかしてくれそうです。それに、ボノロンがそばにいたら悲痛な感じにならずにみんなを救ってくれそうです。ぜひ、災害時の助っ人としてお願いしたいです。ボノロンさん、今ではなくて、未来への予約でもいいですか?(笑)
公開中のえほん と 声優さんインタビュー
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No.126 2026年4月号
タンタとざしきわらしの巻
むかしむかし−−−−
山のふもとのナラの巨木の下で、幼い男の子タンタが泣いていました。「ジイジなんて、いなくなればいいんだ!」あらわれたボノロンが話を聞くと、友だちの誕生日プレゼントにジイジが大根を持たせたせいで、恥をかいたと言います。「ジイジはぼくのことをなにも考えていない!」とふまんをぶつけました。タンタが家にもどると、そこには“ざしきわらし”がいました。なんと、ジイジは神かくしにあって、いなくなったというのです−−−− -
No.125 2026年2月号
お兄さんのいすの巻
むかしむかし−−−−
海辺に立つアコウの巨木の下で、青年のセインが泣いていました。セインには、10年前に海でなくなったお兄さんがいました。セインのお父さんは深く悲しみ、お兄さんが座っていたいすをずっと大事にしていました。そんなお父さんもなくなってしまいます。セインは、海にねむるお兄さんにお父さんの想いを伝えたいが、その場所がわからないと涙を流したのです。
あらわれたボノロンは、たったひとりだけ、それを知っているかもしれない者がいるといいます−−−− -
No.124 2025年12月号
山の上の岩神様の巻
むかしむかし−−−−
カシの巨木の下で、少女のセラが泣いていました。セラの住む村は、小山のふもとにあります。その小山のてっぺんにある大きな岩が、今にもころがり落ちてきそうに、ゆらゆらとゆれているのです。あらわれたボノロンに、セラはあの岩をなんとかしてほしいと願います。しかし、ボノロンはこまり顔です。なぜなら、その岩は岩神様のすみかで、勝手にうごかすことはできないのです−−−−